2016年10月28日金曜日

【議論】「娘は救えた命だったと改めて…」遺族側勝訴

津波

1: DQN ★ 2016/10/27(木) 00:01:58.18 _USER9.net
 東日本大震災の学校現場で最悪の犠牲者数となった宮城県石巻市立大川小学校について、想定を上回る津波でも児童を守るべきだったと司法が明確な判断を下した。「悲惨な過ちを繰り返さない」。26日の判決後、原告遺族は安堵(あんど)の表情を浮かべながら、学校の防災体制の検証を今後も続けると誓った。

 「未来の命につながる判決。死んだ子は生き返らないが、事故を防ぎ次の命を守れば亡くなった子の生きた証しになると思って……」

 大川小6年だった長男大輔さん(当時12歳)を亡くした今野浩行さん(54)は、仙台地裁前で涙を浮かべた。

 今野さんは原告団長として訴訟の先頭に立ってきた。大輔さんも含め子ども3人を津波で奪われ、夫婦げんかが絶えないこと、子どもが欲しくて不妊治療を受けていることを打ち明けてきた。勤務先の電気設備会社も提訴2カ月後の2014年5月、「迷惑を掛けられない」と退職した。

 今も大輔さんの同級生の言葉が耳に残る。「大ちゃんたちは山に逃げようと泣きながら訴えていた」。今野さんは「あの日に戻り、助けられたら。せめて一緒に死んでやりたかった」と悔やむ。

 会見では「想像できるでしょうか。死ぬかもしれない恐怖の中で死んだ子どもたちのことを」と訴え、「判決は一定の評価をしたいが、命を預かる学校が子どもを守るのは当然で、司法で確認したに過ぎない。本当の検証作業の戦いは裁判が終わってからになると覚悟している」と言い聞かせるように語った。

 同じく会見に並んだ遺族たちも学校防災への思いを語った。3年だった長男の健太さん(当時9歳)を亡くした佐藤美広(みつひろ)さん(55)は「親としてやってきたことは間違いではなかった。教員になる人は、子どもを守る覚悟を胸に判決を心に刻んでほしい」と語気を強めた。

 5年だった次女の千聖(ちさと)さん(当時11歳)を亡くした紫桃隆洋さん(52)は「先生たちは津波を予見したと認められ、娘は救えた命だったと改めて感じた」と話す。一方、避難マニュアルの具体化など防災体制の過失は認められず、「なぜ(速やかに)避難できなかったのか、これから本当の検証が始まる」とかみ締めた。

 また「精神的苦痛を受けた」と主張する学校側の震災後の説明不足なども認定されず、判決には不満も残る。6年の長男堅登(けんと)さん(当時12歳)を亡くし、4年だった長女巴那(はな)さん(当時9歳)の捜索を続けている鈴木義明さん(54)は「遺族が苦労したことも重くみてもらいたかった」と悔しさをにじませた。

 原告以外の遺族もこの日、法廷で耳を澄ませた。「亡くなった先生を責められない」「当時のことを考えるのはつらい」。訴訟に参加しなかった理由はさまざま。6年だった次女みずほさんを亡くした佐藤かつらさん(51)は「学校は児童の命を守るものという当たり前のことを、やっと言ってくれた」と話した。


続きは以下ソース

438: 名無しさん@1周年 2016/10/27(木) 02:51:28.23
海水訴えとけよ



532: 名無しさん@1周年 2016/10/27(木) 03:13:33.95
金ふんだくらないと満足できないものね



引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1477494118/

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